カラダ先行 に










「…い、すのはら、春原!」
ぼんやりと眼を開けたら、見慣れた悪友の顔が見えた。
「んん…んー?」
ぼやける視界と覚醒しきらない頭に、ああ寝てたのか、と呑気に眼を擦る。
よっこらせ、と起き上がって自分の状態に一先ず吃驚した。
「うえ…ええ?なんで裸!?」
はっとしてとりあえず隠そうと胸元で腕を交差させる。
冗談のつもりで岡崎に疑念の視線を送れば、岡崎が気まずそうに首の後ろを掻いた。
えーと、そこは別に乗らなくても、躱していただければよかったのだけれども。
萎えた気分にとりあえずベッドから出ようとし、僕は再び驚愕した。
なんで下半身も裸ですか?え?僕ストリップ趣味なんかあったっけ?
「な、なんで全裸…」
唖然とし、それから窓の外に視線を移して、次いで岡崎に視線を戻した。
混乱した頭が視覚からの情報に疑問を生んでいく。
「ていうか、なんで夕方っすか?しかも学校もう終わり?」
そこまで問い掛けてはたと気づいた。
全裸の自分、と、制服姿の岡崎。
おぼろげに昨夜の記憶が蘇る。
「…あれ?」
頬が引き攣り、確かめるように岡崎を見上げたけれど、岡崎は気怠そうにコタツへ足を突っ込むと一言。
「はやくシャワー浴びてこいよ」
猫と遊び始めた。










運動部の寮だから、部活中の放課後、寮内に人気は少ない、というか、無い。
忍ばずともシャワールームへ辿り着き、ざっと頭から熱いお湯をかぶった。
適当に頭を洗いながら昨夜のことを思い出す。
夢でも妄想でもなければ現実のはずで、現に身体のあらぬところや腰が鈍い痛みを訴えている。
「うああああああ…」
シャワーの飛沫に泡を流すのを任せ、僕はその場でひとり頭を抱えた。
「遅いぞー、春原」
シャワールームから部屋へ戻り、扉を開けた目の前に喋る猫。
…否、喋っているのは猫を持ち上げた岡崎だけれども。
「…なにやってんすか、あんた」
「いや、あまりに退屈なんでな」
そう言って猫を抱えたままコタツに戻る。
溜め息を吐いて岡崎の向かいに腰を降ろすと、何故か座ったばかりの岡崎が立ち上がった。
疑問に思い動向を見つめていると、岡崎は僕の後ろに片膝を突き肩にかけていたタオルを取り上げる。
なにをするのかと思えば、頭にタオルを乗せられわしゃわしゃと髪を掻き混ぜられた。
「わっ、ちょ…なんだよいきなり!」
「髪の毛濡れすぎ。ちゃんと乾かせよ」
「いたっ、いたい、痛いっての!」
岡崎の手を止めようともがいたら、珍しく僕の意見を聞く気にでもなったのか岡崎の手が止まる。
タオルを外そうとした刹那、岡崎がぽつりと洩らした。
「昨日のはなんつうか、悪かったな」
未だ帰らない運動部を待つ寮は、沈黙ひとつで静寂を保つ。
まさか二度目の謝罪が聞けるとは思わず、こくりと唾を飲み込んだ。
こういう場合は、なにを言ったらいいんだろう。
「……………」
「…まぁでも、男同士だし、そんなに気にすることじゃないだろ?」
先刻の謝罪はどうしたと言いたくなるほどあっけらかんと言われ、僕は突いていた手を滑らせた。
後ろに倒れる身体は、けれど予想だにせず岡崎に受け止められる。
やばいと思った瞬間には、誤魔化すように口から言葉が滑り出ていた。
「被害に遭ったのは僕の方なんすけどねぇ!?…まぁいいや、貴重な岡崎からの謝罪が二回も聞けたことだし。あー録音しとけばよかった」
ニヤニヤと、身体を預けたまま岡崎を見上げたら、頬を引き攣らせた岡崎に突き飛ばされた。
炬燵机にゴン、と額を打ち付ける。昨日と合わせて2回目だ。さすがに痛い。
「いたた…」
「もう謝らねーからな」
そう言って岡崎は向かいに座ると、むすっとしたまま猫と遊び始めた。
まぁ、謝られても対処に困るし、身体は怠いけど乱暴に扱われたわけじゃないし。
若気の至りで流してくれれば、僕はそれでいいんだけどな。
蒸し返すのもなんだか気が引けて、まぁいっかと炬燵机に頬を乗せた。





20080318
馴れ初め話に

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