ずっと一緒にバカやってきた悪友に、突然抱き締められてしまったときの対処法なんてわかるはずもない。
込められる力に背が撓るまま、コンビニの袋が掠れた音を零した。










友達の域










寮を抜け出してコンビニへお菓子を買いに行った帰り、見慣れた制服が走り抜けて行くのが見えた。
不思議に思って角から覗き見ると、そいつは街灯の下で速度を緩め、次第に足を止める。
よく知る後ろ姿に僕が声を掛けるのと、岡崎が腕を振り上げるのはほぼ同時だった。
「岡崎?」
まずい、と思う。
腕を振り上げた岡崎が動きを止め、ゆっくりと腕を降ろす。
声を掛けちゃいけない所で掛けてしまった。
「春原…」
振り向いた岡崎が睨むように僕を見つめる。
どうにかこの場を立ち去ろうと唇を開く前に、岡崎が軽やかに地面を蹴った。
大してあるわけじゃなかった距離が急速に縮み、目の前に岡崎が迫る。
次を予測できない行動に、ただ視線を岡崎に合わせることしかできなかった。
目の前で一瞬だけ躊躇いを見せた岡崎は、けれどすぐに僕に腕を伸ばす。
かしゃり、と掠れた音を零したのはコンビニの袋だった。
「え…お、岡崎?」
掻き抱くように込められる腕の力に背が撓る。
思わず岡崎の背に片腕を回し、制服を指先で掴んだ。
そのまま微動だにしない岡崎に困惑し、とりあえずと唇を開く。
「…今日、泊まってく?」
肩越しに、岡崎がこくりと頷くのがわかった。










岡崎の事情にはあまり介入しないし、岡崎も此方には介入してこない。
無関心ではないけれど干渉しすぎない距離が心地よく、僕は岡崎とのその距離がそれなりに好きだった。
「なぁ、岡崎…」
あのとき声を掛けなければ、こんな岡崎を見ることもなかったかも知れない。
僕に抱き付いたままなにも言わない岡崎の腕を、ひとつ叩いた。
「…そろそろ、寝ない?」
「悪い、春原」
短い謝罪の後、腕の力が少し強くなる。
通常とは違う岡崎に茶化すのもなんだか気が引けて、しょうがないと溜め息を吐いた。
「じゃあそのままでいいから、とりあえずベッド入ろう。僕寝ていい?」
問い掛けに暫しの沈黙が降りる。
気を遣わせないようにと多少ぶっきらぼうな喋り方にしたのが裏目に出たかと、内心で舌打ちをした。
もそり、と岡崎の腕がゆっくり動いて僕から離れていく。
「…悪い、やっぱ、帰るわ」
押し殺したように響く岡崎の声に、僕は立ち上がった彼を見つめた。
垣間見えた苦しげな表情につきりと胸が痛む。
「待て、岡崎」
扉へと向かう岡崎の腕を咄嗟に掴んだ。
「…泊まるって言ったのは岡崎だろ。いいから、泊まってけよ」
掴んだ腕を無理矢理引っ張って岡崎をベッドへと座らせる。
吃驚したように眼を瞠る岡崎を尻目に、僕はごそごそと毛布に潜り込んだ。
「今日は特別にベッド半分貸してやる。着替えるなら適当に着替えて早く寝てくれよ。遅くまで起きてて怒られるのは僕なんだからな」
ふわ、とわざとらしく欠伸をひとつ。
狭いベッドの中できる限り端っこに寄って、岡崎が寝る分のスペースを空けた。
もういっそ寝てしまえと瞼を降ろすと、くつくつと抑えたような笑い声が聞こえる。
「…頼むから早く寝てください」
「ああ、悪い、サンキュー」
堪え切れない笑いが零れるように笑い、岡崎は手早く着替えを済ませるとベッドに滑り込んできた。
狭いベッドは高校生男子二人にはだいぶキツい。
「やっぱ狭いな…」
ぽつり呟いた岡崎が僕を抱き寄せる。
咄嗟になにをするかと驚いた僕は、けれど出そうになった声を呑み込んだ。
揶揄うでもなく、岡崎が楽しそうに笑っている。
声を溜め息で誤魔化し、代わりにこの状況を批判した。
「野郎二人が抱き合って寝るって、僕としては女の子希望なんだけど」
「それは同感だ」
至極真面目に返す岡崎は、けれどやはり楽しそうで。
なにがあったかはわからないし、言いたくないなら無理には聞かないけれど。
元に戻ってくれたならそれでいいやと、慣れない他人の体温に微睡み、いつの間にか眠りに落ちていた。





20080402
アニメ1話の岡崎

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