飴玉と金平糖










まあるく甘い、飴玉のような恋愛など、小学生のうちで終わると思っていた。
それは事実そうであり、中学生にもなると恋愛の駆け引き紛いのことをして楽しむ級友も多かった。
そう、大人の恋愛なんてものに、甘さなどないと思っていた。
まだほんの子供でしかない俺が。
「春原ー、春原、生きてるか」
炬燵机に頭を打ちつけ、その状態のまま寝入っている春原の肩を揺さ振る。
こてりと頭を此方に傾けた春原が、ぼんやりと瞼を押し上げた。
「…おかざき」
額が赤くなっている。
舌足らずに俺を呼ばわると、そのままはたと眼を閉じた。
「おいてめぇ、寝るな」
上体を無理矢理に起こしガクガクと頭を揺さ振る。
『あ』に濁音を付けたような叫びを断続的に吐き出した後、思い切り良く俺の腕を振り払った。
「寝起きの人間になにしてくれてんすか!」
「ラグビー部と綱引きの方がよかったか」
「…いえ…もういいです」
はあ、と溜め息を吐いて春原が怠そうに俺を見た。
「で…なに。僕を起こしたからにはさぞかし重要な用件なんだろうね」
「ああ。俺が非常に退屈している」
「どこが重要なんだよ!?」
はは、と軽く笑うと春原の手が頬に伸びる。
そのまま頭を抱き寄せられ、ゆっくりと抱き締められた。
「僕は、岡崎のことが好きだよ」
「……知ってる」
唐突な告白に素気無く返せば、「はは、傲慢」と力ない声で春原が言った。
そのまま少しの沈黙が降りる。
頭だけ抱き寄せられたままの体勢もつらいので、膝間に抱き込むように春原を抱き締めた。
シャワーを浴びた後そのまま居眠りをしていたらしく、まだ少し湿ったままの髪から仄かにシャンプーが香る。
髪間に手を差し入れると、湿り気を帯びた冷気に手が包まれた。
「…風邪、ひくぞ」
「そんなヤワじゃねぇよ」
強くないくせに自信だけはたっぷりに強がる春原が、きゅ、と制服の背中を握り締めたのがわかった。
「なぁ、岡崎」
「なに」
「……寝よう?」
「随分と直球な誘い文句だな」
「誘ってねぇよ!」
憤慨した春原が勢いよく顔をあげ、俺を睨みつけながら欠伸を噛み殺した。
「…眠いんだよ、寝かせろよ」
「んじゃ一回だけ」
「……一回だけだからな」
唇を尖らせ眉間に皺を寄せたまま、春原が渋々と了承の返事を出す。
それを合図に殊更ゆっくりとその唇に口吻けた。
まだ湯冷めしてはいないのか、柔らかな唇がかさついた自分の唇に触れる。
「……………」
触れるだけで解放した唇を不審に思ったようで、春原は瞼を押し上げると数回瞬いた。
「…しないの?」
問い掛けには答えず春原を抱き締める。
…ああ、だめだ。何度も嗅いだ香りなのに、何度も抱いた身体なのに。
「岡崎?」
途方もなく愛しさが募り、らしくないと唇を歪めた。
「なんか、胸がいっぱい」
バカらしいと思いながらも口にする。
自嘲めいた呟きに春原は素っ気なく「ふぅん」とだけ返すと、ぽんぽん、と俺の背中を叩いた。
「なら、もう、寝よう」
バカにするでもなく、わざとらしくもなく、俺に言い聞かせるようにそれだけ言うと、春原はするりと腕の中から抜け出した。
散らかったベッドの上を無造作に物だけ避けて片付けると、俺の方へ手を伸ばす。
お手を要求されているようなそれに素直に従って手を出すと、春原は薄く微笑んで手を引っ張った。
強くはない力に従ってベッドまでの短い距離を数歩進む。
二人して無言のままベッドに潜り込むと、既に定位置となっているように俺は春原を抱き込んだ。
ごそごそとちょうど良い位置を探るように動いた後、春原も大人しくなる。
斜め上からの視線で眺めていると、春原は何度かうとうとした後にあっさりと眠りに落ちた。
童顔が微笑んだまま眠っていて、子供っぽさよりも幼さを強調させる。
「……春原」
こそりと呼ぶ。
闇に溶けてしまうほどの小さな声は、眠った春原には届かなかったようだ。
「……………」
唇を開き、少し躊躇して閉じる。
春原はわざとなのか天然なのか、非常にわかりやすい奴だ。
わかりやすくて扱いやすい。
裏表があるようでない、バカでアホな人種だ。
それなのに。
(時折、わかりにくい)
バカなくせに、アホなくせに、妙に勘が鋭いときがあって、そういう時の春原はものすごくわかりにくい。
今日だってちゃんといつも通りに振舞えていたと思ったのに、いつ気づかれたのか。
(…いや、それは俺がわかりやすいだけか?)
なにも聞いてこないし、言ってこない。
距離を保っているわけでもなければ踏み込むこともしない。
ただそこにいて、抱き締めて、俺から踏み込んでくるのを待っている。
わかりにくいやつだ。
(聞けばいいのに。…付き合ってんだし)
思い、はたと気づく。
(聞いて欲しいのか、俺は)
軽い衝撃に腕の力を強め、声を漏らした春原にはっとした。
「ん…おかざ、き…」
すぅ、と小さな寝息をひとつ。
寝言でまで俺を呼ぶ春原に、男なら誰しも持つだろう小さな支配欲が満たされる。
苦しくない程度に春原を抱き締め、綻ぶ口許を諌めもせずに瞼を降ろした。
「おやすみ、春原」
小学生がするような、まあるく甘い飴玉のような恋愛なんて、大人に近づいてしまった俺にはできないかも知れないけれど。
歪で脆弱で、頭が痛くなるほど甘い、金平糖のような恋が…春原となら、できるのかも知れない。





20080409
髪乾かしてないよ春原

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