過去と過ち










憤慨した春原が帰って来たとき、俺は寝転がって雑誌を読んでいるところだった。
「聞いてくれよ岡崎っ」
興奮気味の春原がそう言いながら雑誌を取り上げる。
特に目的もなく流し見ていただけだったので、大人しく話を聞いてやることにした。
どうせくだらない話だろうけれど、読む気のない雑誌を眺めているよりはいくらか有意義だろう。
「なに怒ってんだよ」
上体を起こして炬燵机に顎を乗せる。
聞く体勢に入った俺に満足したのか、春原は向かいにどかっと座り込んだ。
「聞いてくれよ、サッカー部の奴らがさ、」
「サッカー部?」
少し驚いた。
サッカー部はかつて春原が所属していた部だ。
忌まわしい過去と共に関わりたくない所だと思っていたんだが。
「ああ、あの忌々しいサッカー部だ」
やはり忌まわしい場所ではあるらしい。
「あいつらがさぁ…」
春原の言葉が尻すぼみになり、そこで唇を尖らせて机に顎を乗せた。
言い難そうだったので促してみる。
「サッカー部の奴らが、なんだよ」
俺の言葉に今度は眉間に皺が寄った。
ほてりと頬を机に押し当て、睨むような上目遣いで俺を見る。
「まだ僕がサッカー部にいた頃、さ」
言い難いなら言わなきゃいいのに。
そう思いながらも、人の忌まわしい過去というのは興味をそそられる。
不躾だとわかっていても好奇心は抑えられず、春原に悟られないよう耳と春原に神経を集中させた。
「よく連中とAVとか見てたんだよ」
「男同士で肩並べてか」
「そうそう。冗談半分っつーか、面白半分みたいな感じでさ」
俺が所属していたバスケ部ではなかったと思うが。
いや、あったのかも知れないが、少なくとも俺は知らない。
「反応しちまった奴とか、からかってやったりしてさ」
「へぇ…」
なんともむさ苦しい光景だ。想像しただけで嫌になる。
「本当に、冗談半分だったんだよ。僕が部を辞める少し前までは」
「お前が辞める前までは?」
「そう。…なんつーか、その」
やはり言い難いのか、春原は机に押し付けていた頬を離すと上体を起こした。
俯いたままちっとも動かない。
男ならはっきり言えよ、と半ば呆れかけた刹那、意を決したように春原が顔を上げた。
「あいつら、なんて言ったと思う?」
「はぁ?んなもん知るか」
「僕に向かって『おまえ女顔だよな』って言いやがったんだ!」
「へぇ」
…ん?待てよ、AVに、女顔?
……いやいや、んなまさか。
「AV見ながら『一発ヤらせろ』とか言ってきてさぁ」
わお。予想的中。
って嬉しくねええ。
「で、おまえどうしたの」
「勿論、殴って逃げたさ。5人くらいいたけどね!」
そこは絶対に誇るところじゃないぞ春原。
「でさ、今日その連中が僕に会いに来たんだ」
「なんでまた」
「AV観賞のお誘い」
降りる沈黙。俯く俺。
サッカー部ってそんな変態の集まりだったのか…知らなかった。
俺バスケ部でよかったぁ…。
「もちろん断ったけどね」
「なんだ断ったのかよ」
「残念そうな言い方しないでくれますか!?」
「あーはいはい。で、なんでそんな怒ってたんだよ」
面倒なので本題に軌道修正する。
確か部屋に戻って来たときこいつは憤慨していたはずだ。
断ったならなにを怒る必要がある。
「…まさか」
「え?」
「ヤられたのか、春原!」
身を乗り出して春原の肩を掴むオーバーアクション。
もちろん冗談のつもりだった。
少なくとも俺は、冗談のつもりだったのだ。
「な…んで、わかったの、岡崎」
吃驚した表情の春原が眼に映る。
そこで俺はやっと、帰って来た春原をまだまともに見ていなかったことに気づいた。
中途半端に解かれたネクタイと、ボタンを掛け違えたワイシャツ、所々汚れた制服に埃まみれの顔。
どう考えても尋常じゃない乱れ方だ。
「え…」
冗談で肩を掴んだ俺は言葉に詰まる。
断ったと言っていたから、まさか本当に襲われたとは思わなかった。
これは、まさか、無理矢理…?
「……………」
沈黙の中、ぎこちなく春原の肩から手を離す。
その手をゆっくりと炬燵に突っ込み、俺は俯いて焦った。
さすがにこれは、冗談で流していいものでは、ないだろう。
どうしたものかと混乱する頭を必死で宥めていたら、気まずそうに春原が口を開いた。
「あのさ、岡崎…」
自分でもわかるほど大袈裟に肩が跳ねる。
「倉庫に連れ込まれて揉み合いになっただけで、掘られては、ないんだけど…」
痛々しい沈黙が室内に降りた。
なんなんだ、なんなんだこの重たい空気は。
なんで俺と春原がこんな空気にならなくちゃいけないんだ。
怒ればいいのか安堵すればいいのかはたまた別の反応をすればいいのか。
わからないまま、ほつりとなにかが切れた。
「なぁ春原」
「へ?」
炬燵を抜け出て春原の首根っこを掴む。
「え?え?ちょ、岡崎さん?」
そのまま炬燵から引きずり出して、ベッドの上に散らかったものを片腕で避けながらそこに春原を叩き付けた。
ぼふっと鈍い音がして春原がスプリングに跳ねる。
「ってて…おい岡崎!なにす」
「女顔だよなぁ、おまえ」
口角が上がる。目を細める。
ひくりと頬を引き攣らせた春原に覆い被さった。
「紛らわしい言い方してんじゃねぇよ…あァ?」
「ひいぃぃぃ!」
「掘られてねぇなら俺が掘ってやろうか」
「ちょ、冗談キツいっす岡崎さん!」
「俺の冗談を冗談で片付けなかったのは誰だよ春原くん?」
「ひいぃぃぃ…!」










結果として。
まぁ、春原の女顔に感謝、と言ったところか。
後悔はしていない。
「いや反省してください頼むから!!」





20080420
春原は、女顔。

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