続・過去と過ち










最近どうにも挙動不審だった春原が、意を決したように俺を呼んだ。
「あのさ、岡崎」
「んー?」
寝転がって雑誌を読みながら生返事をする。
挙動不審になったのは俺が成り行きで春原を抱いてからだったから、大方その辺のことだろう。
後悔はしていないがあまり蒸し返したくはない。
たとえ可愛かったとしても相手は男だ、春原だ。
「最近、ずっと考えてたんだけど…」
緊張しているのかなんなのか、微かに震える声で言葉を紡ぐ春原は生返事の俺にも無頓着だ。
なにを考えているのかは知らないが、それくらい必死なのだろう。
(可愛い)
「……………」
ばさり、と勢いよく雑誌を閉じた。
こめかみを掌で押さえ、歯を食い縛りながら俯く。
俺は今なにを思った、なにを考えた。
春原が可愛いだと?は、んなバカな。
確かに女顔ではある泣き顔も可愛かっただがあいつは男だそれは自分で確かめたはずだ春原は男だ。
「えと、岡崎…?」
不意に耳に届いた声に勢い良く振り向いた。
少し頬を紅潮させた春原が不安そうに俺を見ている。
「な、…なんだ、春原」
動揺を悟られないように、とは思ったものの言葉を詰まらせてしまい更に焦る。
上体を起こした俺を不思議そうに見ながら春原はもう一度唇を開いた。
「最近さ、ずっと考えてたんだ」
「…なにを?」
きゅ、と唇を結ぶ。
その仕種がなんだか可愛く見えてしまい、咄嗟に目を逸らした。
平常時はただのバカのくせに、少し頬が紅潮しただけで驚くほど可愛く見えてしまうのだから女顔ってのは恐ろしい。
ぶつぶつと頭の中で言い訳を連ねていると、何度か唇を開きかけた春原が今度こそと、言葉を紡いだ。
「この前、その…サッカー部に襲われた話、しただろ」
ああ、やはり。
「ああ、したな」
後ろに手を付いて距離を取る。
なんとなく振り切れない雰囲気になってしまった。
仕方がないと、俯く春原を遠目から眺める。
「僕さぁ、サッカー部の奴ら、殴り倒して逃げてきたんだぞ?」
声が不満そうに変わる。
「だからそれ自慢できないって、春原」
「わかってるよ。問題はその後だ」
なんだ、わかってたのか。
「サッカー部は5人もいたんだ」
「…いやそれも自慢できないと思うが」
なにより襲われた理由が『一発ヤらせろ』だ。
なにがあろうと自慢できた話じゃない。
「別に自慢したいわけじゃないっての。話は最後まで聞けって」
なんだか真面目に諭されたので、仕方なし大人しく聞くことにした。
春原のことだ、どうせ大した話ではないだろう。
「だからさ、サッカー部は5人掛かりだったわけだけど、おまえは一人だっただろ」
「……………」
瞬きを一度。
眉間に皺を寄せて睨むように俺を見る春原を見つめ返す。
「なんでおまえを殴り倒して逃げなかったのか、ずっと考えてたんだ」
「…へぇ」
こくり、と唾を飲み込んだ。喉が渇く。
嫌な予感がする。すごく嫌な。
今すぐ逃げ出したいのに、瞳まで潤ませ始めた春原から目が離せない。
「考えたんだけど、…結論が、ひとつしか出なくて」
俺を睨むように見つめていた春原が、ふいと目を逸らした。
もしかしなくてもこれは、そういうことか。
はぁ、と溜め息を吐く。
一縷の望みを賭けてそのひとつの結論とやらを聞いてみることにした。
「どんな結論?」
春原は目を逸らしたまま俺を見ない。
まさか乙女のように恥じらっているのではあるまいな、と思ったけれどどうやら違うようだ。
眉間に皺を寄せて苦々しい表情をしている。
(…これは、)
「おまえを殴り倒して逃げることくらい、できるはずなんだよ」
唐突に、吐き捨てるように春原が言った。
「だけど僕はそうしなかった。逃げられるのに逃げなかった」
勢いよく春原の視線が俺に戻る。
紅潮した頬と滲む涙に、不覚にも心臓が跳ねた。
「僕は、岡崎…おまえのことが、好きなのかも知れない」
ああ、もう。
「俺にどうしろってんだ…!」
気づけば炬燵を抜け出て、後ろから春原を抱き締めていた。
脱色した金色の髪が鼻先を擽り、ふわりと慣れた匂いが香る。
「……………」
なにも言わない春原の、ガチガチになった肩が無言で緊張を告げていた。
それもそうだろう。
悪友とも言える同性である俺に、好きだと告白したのだから。
まったく、
(可愛いだなんて、バカげてる)
とんだ誤算だ。
「春原」
「な、…なに」
震える声にふっと笑う。
「付き合ってやってもいいぞ」
「は?…どこへ」
「おまえなぁ…告っておいてそのボケするか、普通」
「へ?…え、うそ、ちょっと待ておかざ…」
唇で塞ぐ、なんてロマンチックなことはせずに掌で春原の口を塞いだ。
うぐ、と春原が呻く。
「俺と付き合いたいなら、頷いてみろ」
一拍置いたあと、手に圧力が掛かった。
春原が頷こうとしている、のを全力で防ぐ。
「んむーっ」
「ははは、ほら頷いてみろよ」
両腕までがっちりと押さえ、手を外せないようにして全力で阻止した。
必死で頭を俯かせようと躍起になっている春原の顔が赤く染まっていく。
「おまえに俺を殴り倒すのは無理だっての」
ぼそりと耳元で囁いて、眦に涙を浮かべ始めた春原を解放した。
必死になって息まで止めていたのか、荒い呼吸を繰り返す春原が俺を睨む。
「鬼かあんたはっ!」
「鬼じゃなくておまえの恋人だ」
笑ってそう言えば、呼吸を落ち着かせた春原が再度顔を赤くした。
恋人という肩書きがあるのだから、もう開き直ってもいいと俺は思う。
(可愛いなぁ、こいつ)
俺も変態の仲間入りか、という考えは、この際封印しておくことにしよう。





20080623
岡崎が爽やかで気持ち悪い

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